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夢トークinやまぐち講演会 小島慶子「絶体絶命は打ち出の小槌~ピンチこそ私のチャンス~」報告

2020年08月03日

山口県ひとづくり財団主催の夢トークinやまぐち講演会が8月1日山口県セミナーパーク講堂であり、小島慶子さんの「絶体絶命は打ち出の小槌~ピンチこそ私のチャンス~」を聴きました。

小島慶子さんは1972年オーストラリア生まれ、2010年TBS退社後、エッセイスト・タレント、東京大学・昭和女子大学客員研究員として活躍中。
先月行われた「ジャーナリズムがやるべき6つのこと」に関連した2部構成のオンラインパネルディスカッションの中で、延べ11名のパネリストの議論を司会として見事にとり仕切られていた。 http://ubekuru.com/blog_view.php?id=5491

現在は夫君と2人の息子さんはご自身の生まれ故郷のオーストラリアのパースに住み、自分は東京で仕事をして時々家族とともに生活されるということである。

今回の講演会のテーマから、ピンチとはコロナ禍のピンチなのかなと思っていたが、小島さんのこれまでに人生をふりかえっての体験談であり、それはそれでひきつけられるものであった。1時間半にわたり、かなりの早口でしゃべり続けであったが、聴く者を飽きさせず、さすがと思われた。以下、走り書きのメモをたどってお話の趣旨をまとめさせていただいたが、部分的に適当な修飾が入っていたり、誤った記述もあるかと思う。当日参加された方でお気づきがありましたらご遠慮なくコメントいただければありがたいです。

渋谷辺りでは、幼児の頃から、塾に通わせ、中高大一貫校の名門私立学校等に子どもを通わせ、一流会社に就職させるという教育方針の家が多かったが、ちょうど自分が卒業する頃には山一証券の倒産やJALの経営不振があって、そのような神話に疑問を感じたとのこと。小島さんも一応ほぼその線に沿って、TBS入社後は男性職員とも互して、揉まれながら、活躍され成功を納められながら2010年にフリーになられる。

ところで、小島さんは中学生くらいから、人と少し変わっていることを意識し、20歳前後に食べれなかったり、食べ過ぎたりする摂食障害を経験した。また30歳のとき長男を出産して安定したが、33歳のとき次男を出産された後は、産後うつもあったかもしれないが、育児と仕事に追われ、不安障害になった。相当参っていたとき、近所で通りがかりのご婦人から明るいいたわりの声を掛けられ、救われたそうである。
TBSを38歳の時に退職される前には、しばらくの間、長期休暇や一時退職した人の職場復帰を含むワークライフバランスに関する制度作りに携われたそうである。この場合も自分の苦しかったときの経験が役に立ったとのこと。

ちなみに、発達障害はいくつかのタイプに分類されており、自閉症、アスペルガー症候群、注意欠如・多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)などがある。
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_develop.html

ご主人もテレビ局でディレクターをされていたそうであるが、1年以上悩まれた末、早期退職をを決意されたそうである。これは当然、ご家庭にとっては大事件であり、自分の今まで抱いていた、シンデレラ願望や、男と女の役割について描いていたイメージから、心が乱れ、一時はご主人にもつらくあたられたそうである。医師からは先天的な発達障害という病気であると診断されたということである。
しかしこれで、色々これまでの自分を振り返って腑に落ちることが多く、かえって安心が得られたということである。発達障害、あるいは自閉症スペクトラムといっても、一人一人症状が違うそうであるが、ご自身は執筆活動に集中すると長時間作業しても時間の感覚がなく、時間が伸び縮みするような気がするとか。一方で気が散りやすかったり、不注意なミスも多かったりするそうである。

気を取り直し、今後こども達をどう育てたいか、これからはどんな人間になってほしいか考えたところ、変化にも強く生きていける、世界のどこかで生き残れること。そのためには、英語が話せること、自然との調和した環境で育まれること、異なった人びとともに生きていけることを考えた。ふと自分が生まれた西オーストラリアのパースはどうかと思いたち、その後ご主人も息子さん達もその気になられたそうである。

かくして、オーストラリアへの移住をされたわけであるが、小3、小6の息子さんは35ケ国のこども達と1年間英語の授業があり、新しい環境に適応された由。これぞまさしくESDエリート教育の実践をされたわけである。
しかし、引っ越しも会社の後ろ盾があるわけでなく、すべて自分たちの費用で、随分家具類も処分されたそうである。小島さんは当初全く身寄りのない、英語も十分通じない異国の環境の中で随分苦労されたそうである。これまで東京ではコンビニのレジを外国人がこなしていることに、何も感じなかったが、あらためて彼らは大した人達だと感じるようになったという。

何でも自分が経験してみて初めて理解できるので、発達障害の人の気持ちも同様に、そこそこ理解できるようになり、差別してはいけないことがわかった。病気は完治できないかも知れないが、うまくつきあっていくことを心がけているとのこと。

お話の初めに このコロナ禍の時代、お互いいたわり合いましょうと言われたこと、最後に触れられたテレビのコメントでも自分の考えを伝えたい場合、ディレクターにカットされないタイミングを意識していると言われたことも印象に残っている。
貴重な時間を山口県民のために費やし、貴重なお話しをいただいたことに感謝いたします。

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