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山切さんのレポートの補足として、水俣市立水俣病資料館の写真中心の紹介です。

2018年10月16日

山切さんのレポートの補足として、二日目訪問した水俣市立水俣病資料館の写真を中心に紹介します。

ロビーには、八代海の地形がよく分かるレリーフ地図がありました。典型的な閉鎖性海域です。

チッソの歴史について、かなり詳しい説明がありました。

創業者である野口遵氏が建設した曽木水力発電所の電気を利用して、カーバイドを生産する工場を3地域が誘致したが、水俣が有利な条件を示して水俣に決定したとのことでした。
明治41年からすでに水俣工場があり、水銀触媒を使用するアセトアルデヒドの生産も戦時中からあったということですね。

市内のチッソの関連用地も戦後どんどん大きくなり、典型的な企業城下町になっていったことを示しています。

日本窒素肥料は優秀な企業で、戦前から朝鮮北部にも進出し、大規模な水力発電所や、窒素肥料工場も建設した。

戦後、日窒コンツェルンは解体され、チッソ、旭化成、積水化学などに分社化された。

日窒で検索:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%AA%92%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%84%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%B3
チッソで検索:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%83%E3%82%BD

昭和23年にアメリカ軍が撮影した写真です。百間排水口のあたりから、水俣湾まで白濁が見られます。

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